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東京地方裁判所 昭和39年(ヨ)2165号 判決 1965年4月19日

申請人 岩坪誠

右訴訟代理人弁護士 今井敬弥

同 井上文男

同 角尾隆信

被申請人 株式会社今村油脂

右代表者代表取締役 田辺力

右訴訟代理人弁護士 水本民雄

同 直野喜光

主文

申請人の申請を棄却する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は、「申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有することを仮に定める。被申請人は申請人に対し昭和三九年五月以降本案判決確定の日にいたるまで毎月末日限り、金三〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は主文第一項同旨の裁判を求めた。

第二申請の理由≪以下省略≫

第五疎明≪省略≫

理由

一、申請人が昭和三九年四月一七日油脂の販売、配送等を業とする被申請会社に運転手として雇傭され、当初従業員一名を助手として同乗させて商品の配送業務に従事していたが、同年五月一三日申請人主張のような理由で本件解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争いがない。

二、申請人は本件解雇は解雇権の濫用である旨主張するので、以下に判断する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、本件解雇の理由として、次の事実が疎明される。

申請人は同年四月二〇日から勤務し、主として都内城南地区の被申請会社の得意先に対する商品の配送の運転業務に従事していたが、同月末をもって助手として同乗していた従業員が退職(右従業員退職の事実は争いがない。)した。そこで、被申請会社の配送責任者田辺正春は申請人単独で同地区の配送業務に当らせようとしたが、申請人が地理不案内を理由に、引続き助手をつけることを強く望んだので、一時的に大栗を申請人の助手として同乗させることにした。

(一)  同年五月四日大栗が欠勤したので、田辺は申請人に単独で約一〇軒の得意先への配送を命じ、その際、得意先の住所、電話番号、道順などを記入した地図と市販の地図を与え、「所在がわからないときは被申請会社に電話で問合わせるよう。」に申添えた。しかし、申請人は二軒の得意先に配送しただけで、電話の問合せもすることなく、他は所在が不明であるとの理由で午後四時半頃(終業時刻は午後五時半)帰社した(申請人が地図を与えられて単独で配送を命ぜられ、二軒にだけ配送したことは当事者間に争いがない)。

(二)  申請人は田辺から同月五日以後も単独で配送業務に従事するよう命ぜられたが、地理不案内を理由にこれを拒否した。そこで、田辺はやむなく同日から同月一二日まで大栗又は集荷業務(肉屋から「あぶらみ」を集めて、これを被申請会社に自動車で運搬する業務)担当の鈴木を同乗させて、申請人に配送業務を行わせた。同月一三日大栗及び鈴木も差支えが生じたので、田辺が申請人に対し、単独で配送業務を行うことを命じたところ、申請人は頭ごなしにこれを拒み、終日なんら業務に従事しなかった。

(三)  鈴木が前記のように、集荷業務の外、配送業務に従事するようになったので、同人の負担軽減のため、同月七日田辺が、申請人に対し、「集荷のための自動車運転だけでもするよう。」に命じたが、申請人は「配送以外の業務には従事しない。」といって、これを拒んだ。

(四)  申請人が配送に使用している被申請会社の自動車の後部ガラスを破損したので、田辺が二度にわたって事故報告書の提出を命じたが、申請人は本件解雇にいたるまでこれを提出しなかった(以上の事実のうち、申請人が事故報告書の提出を命ぜられた回数を除き、他の事実は当事者間に争いがない。)。

2  そこで、前記疎明された事実が解雇に値するものであるかどうかについて検討すると、申請人は雇傭の際、運転中助手をつけるという約定があった旨を主張し、申請人本人もこれにそう供述をするが、被申請会社代表者本人の供述に照らし、たやすく信用することができず、他にかかる約定の成立を疎明するに足りる資料はない。そして、≪証拠省略≫によると被申請会社の得意先は概ね一定していて、新規採用の運転手であっても、一〇日ないし二週間助手と同乗すれば、その後は地図などを頼りに就業時間(午前九時から午後五時半まで)内に一〇軒程度の配送に当れることが疎明される。従って、申請人本人尋問の結果により疎明される「申請人が福岡県出身者で、昭和三九年一月以前まで東京都内に居住したことがない」事実を考慮に入れても、前記1の(一)の行為は申請人の職務怠慢と認めざるを得ないのであって、しかも、≪証拠省略≫によると、申請人は前同日帰社後、「西も東もわからない俺にまかせるのが無理だ。」と同僚に語り、一部従業員から「そのようなことをいいさいすれば仕事をしなくともよいのか。」という声が出たこと、被申請会社は前同日配送されなかった得意先から取引停止の警告を受け、田辺が謝罪に出向いたことが疎明されるのである。また、同(二)及び(三)の行為はいずれも正当な理由のない上司の業務上の指示に対する不服従であることは明らかであり、しかも、≪証拠省略≫によれば、鈴木は運転手であるため、申請人と同乗させることは無意味に等しく、ただ被申請会社は、他の従業員の手前申請人を遊ばせておくこともできず、鈴木を同乗させたものであること、鈴木は集荷業務の合間に申請人と同乗するため配送能率が落ちたこともあったことが疎明されるのである。更に、同(四)の行為についても、≪証拠省略≫によれば、事故報告書は印刷された用紙として被申請会社に常備され、これに簡単な所要事項を記入すれば足るものであることが疎明されるから、その不提出は申請人の怠慢によるものと認めるほかはない。申請人は事故報告書の様式を係の者に尋ねたが教えられなかったので提出することができなかった旨を主張し、申請人本人もこれにそう供述をするが≪証拠省略≫に照らし採用することができない。

以上のように、前記1の(一)ないし(四)の解雇理由とされた申請人の行為の情状は重く、このような申請人と雇傭を継続することは、≪証拠省略≫によって認められるように、わずか十数名の従業員しか擁しない小企業である被申請会社にとって、他の従業員に悪影響を与え、企業の運営に支障を来たすおそれがあるものといわなければならない。従って、前記理由によりなされた本件解雇が解雇権の濫用であるということはできないから、申請人のこの点に関する主張は採用することができない。そして前記解雇理由たる事実は労働基準法第二〇条第一項但書にいう「労働者の責に帰すべき事由」に該当するものということができるからこれに基いてなされた本件解雇により、申請人と被申請会社との雇傭関係は、昭和三九年五月一三日をもって終了したものと認めることができる。

三、よって、右雇傭関係の存続を前提とする申請人の本件申請は理由がないからこれを棄却し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 園部秀信 松野嘉貞)

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